070405
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3日ほど、病に負け寝込んでいました。
4日前、いつも通りに仕事をしていたのですが何ともいえないだるさに「?」となりながらもスケッチに出掛けたり活動的に過ごしてしまいました。その日の夜の帰り道、普段よりは涼しい夜だったと思うのですが異様に寒く感じ、あ、これは熱が有るとようやく気付きました。
帰宅後熱を計ると38.5度、もう何も出来ないくらい脱力感と悪寒でとりあえず買ってあったパンだけ食べ布団に入りました。それでもしんどくて結局朝まで一睡もできなかったのです。その日の朝に熱を計ったら37.5度まで下がってました。でももうろうとしています。
とりあえず仕事は休む事に決め、病院へ出掛ける支度をし診察カードをさんざん探して見つからないまま外へ出ました。数年前に一度行ったきりの病院で、近所なのですが何処に有るのかわからなくなってしまい、徒歩数分のところ30分くらい彷徨いやっとつきました。
病院ではインフルエンザの検査などもしてもらったのですが、病名としては急性扁桃炎とのことでした。処方箋をもらい、薬局までまたフラフラノロノロと歩き出し、薬の説明を受け(そこの薬剤師のご婦人が非常に優しく感じたのは熱のせいですか)、帰り道を歩み出しました。
もう、歩けない、ダメだ、くらいつらかったです。数分の道のりが。
やっとの思いで部屋に辿り着き、布団へ転がり込んで熱を計ったところ39.1度!この記録は物心ついてから最高記録かもしれません。どおりで今までにないキツさです。
あ、もう、死ぬ?かも。などと妄想しながら処方された解熱剤とその他の薬を飲んで病床へ。
1時間もしないうちに薬が効き始め、しだいに楽になって眠ることが出来るようになっていったのでが、今度は1時間ごとにものすごい寝汗で着替え、眠り、着替え、を何度も繰り返しながら過ごしていました。
翌日には微熱まで下がりかなり落ち着いてきたのですが、大事をとらせていただき仕事を休みました。寝汗は相変わらず続き、3時間に一度は着替えてました。
そんな3日に及ぶ病気との戦いを繰り広げておりました。
たぶんもう大丈夫です。
大丈夫じゃなくてもやる事が溜まりすぎて、今度はそれがストレスで胃炎を起こしそうな今日この頃です。。
4日前、いつも通りに仕事をしていたのですが何ともいえないだるさに「?」となりながらもスケッチに出掛けたり活動的に過ごしてしまいました。その日の夜の帰り道、普段よりは涼しい夜だったと思うのですが異様に寒く感じ、あ、これは熱が有るとようやく気付きました。
帰宅後熱を計ると38.5度、もう何も出来ないくらい脱力感と悪寒でとりあえず買ってあったパンだけ食べ布団に入りました。それでもしんどくて結局朝まで一睡もできなかったのです。その日の朝に熱を計ったら37.5度まで下がってました。でももうろうとしています。
とりあえず仕事は休む事に決め、病院へ出掛ける支度をし診察カードをさんざん探して見つからないまま外へ出ました。数年前に一度行ったきりの病院で、近所なのですが何処に有るのかわからなくなってしまい、徒歩数分のところ30分くらい彷徨いやっとつきました。
病院ではインフルエンザの検査などもしてもらったのですが、病名としては急性扁桃炎とのことでした。処方箋をもらい、薬局までまたフラフラノロノロと歩き出し、薬の説明を受け(そこの薬剤師のご婦人が非常に優しく感じたのは熱のせいですか)、帰り道を歩み出しました。
もう、歩けない、ダメだ、くらいつらかったです。数分の道のりが。
やっとの思いで部屋に辿り着き、布団へ転がり込んで熱を計ったところ39.1度!この記録は物心ついてから最高記録かもしれません。どおりで今までにないキツさです。
あ、もう、死ぬ?かも。などと妄想しながら処方された解熱剤とその他の薬を飲んで病床へ。
1時間もしないうちに薬が効き始め、しだいに楽になって眠ることが出来るようになっていったのでが、今度は1時間ごとにものすごい寝汗で着替え、眠り、着替え、を何度も繰り返しながら過ごしていました。
翌日には微熱まで下がりかなり落ち着いてきたのですが、大事をとらせていただき仕事を休みました。寝汗は相変わらず続き、3時間に一度は着替えてました。
そんな3日に及ぶ病気との戦いを繰り広げておりました。
たぶんもう大丈夫です。
大丈夫じゃなくてもやる事が溜まりすぎて、今度はそれがストレスで胃炎を起こしそうな今日この頃です。。
9月に入ったものの、梅雨明け頃のような蒸し暑い日が続きますね。連日のように襲来するゲリラ雷雨にもまだまだ夏の勢力を感じずにはいられないです。ところで、「ゲリラ雷雨」って言葉、僕には耳慣れないのですがいつから使われるようになったのでしょう?「夕立」とは違うのでしょうか?テレビを見ないのでそういった新語にすっかり疎くなってます。。
この土日、日中はよく晴れていたので近所を散歩したりしていました。
残暑の日差しでも、公園の木々の下は涼しく気持ちよいですね。そんな中、目についたのはアゲハ蝶で結構たくさん飛んでいましたよ。黒地に黄色の柄、黒地に青筋柄、真っ黒の羽、3種類くらいいました。
アゲハという言葉の響きが何となく好きです。この蝶にとても合っているような。
子供の頃に実家に花の咲かない実のつかない夏みかんの木がありました。そこに黒地に黄色柄の羽のアゲハが卵を生みに来ていました。幼虫は葉っぱを丸坊主にしてしまうので困ったものなのですが、前述のように花も実もない木なのでアゲハに提供していたのです。
その木から一度だけ、幼虫を虫かごに入れて葉っぱを与え育てた事があります。順調に育ち、蛹になり、羽化しました。そのまま成虫を外に逃がしてやった時に何ともいえない気持ちになり、母に話したところ「それを空しい気持ちというのよ」と教えられました。今思い返すと合ってるようなちょっと違うような。まあ、でも空しい行為かもしれないですね。
ところで、画像のアゲハは近所の公園の蝶ではなく、多摩動物公園の昆虫生態園にいたアゲハです。夏休みに唯一出掛けた場所なのですが、行動が遅く動物園についたのは午後4時過ぎで入園前に軽く拒否されました。なんで?と思ったらものすごく大きな動物園なのですね!初めて訪れたのですが地図を見てびっくりしてしまいました。
とりあえず、その時は昆虫生態園を観たかったのでその旨を伝えると、それなら大丈夫ですねと券を売ってくれました。親切ですね。
大きな温室に生い茂る木々の中、無数の蝶が舞っている場所と聞いていたのでとても興味を持っていました。実際のところ、僕の期待どおりな素敵な場所でした。
普段見かけない蝶も見る事ができ、有意義な時間でしたよ。
今度はもっと早い時間に動物園に行き、コアラ館に行きたいです。コアラはいまだにお目にかかった事がないんですよね。
なんだかだらだらと長い日記になってしまいました。
このへんで。
ソルダム酒を仕込んでから一ヶ月が経ちました。(2008/07/28に関連記事があります。)
ごらんのようにキレイな赤色に染まりました!ルビー色を期待していたのですが、オレンジがかっているのでガーネット色という感じの赤です。
仕込んでから2週間くらいは氷砂糖が溶けきらず(個体はなくなったのですが、もやもや濃度の濃い液状で瓶底に溜まるのです。)、2〜3日おきに瓶ごとゆっくりまわして撹拌していました。いまではすっかり溶けてます。
ソルダムは黄緑色でパンパンでつやつやだったのですが、今は褐色で皺が入り始めています。今後どのように変化していくのでしょうかね。
飲み頃は6ヶ月後とのことですので、今後の移り変わりを楽しみにしつつ完成を待ちたいと思います!
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プロフィール
HN:
日出夜
年齢:
54
HP:
性別:
男性
誕生日:
1971/05/09
職業:
絵師
趣味:
園芸 石集め
自己紹介:
東京ローカルバザール
絵師/デザイナー
東京在住
1993年 多摩美術大学美術学部デザイン学科染織デザイン科入学。在学中に染色技法(友禅染、ろうけつ染、型染、しぼり染)、スクリーンプリント技法(染料、顔料、特殊プリント)を専門に学ぶ。
1997年 学部卒業後、同大学染織デザイン研究室(改組にて生産デザイン学科テキスタイルデザイン研究室となる)に入室。7年間に渡り教育現場とテキスタイルに携わりながら、「染色する」という工程から生まれる素材感や色彩効果を中心に自らの表現を模索する。
2004年 大学研究室を退職し次なる活動の場を探しつつ自由きままな生活をはじめる。財力も尽き果て明日をどう生きるか?くらいの窮地の中、絵画を日々の糧のために描く機会にめぐまれ、人とのつながりの大切さを思い知る。その時、絵画を描く中で純粋に美しい色と形が描き出す世界の奥深さと安堵感を再認識する。
2005年 東京ローカルバザールのプロジェクトに出会い、プロジェクトの意図することに深く共感と意義を覚える。「布」「染色」「絵」「人とのつながり」という自らの創作の複数のテーマを一つに現せる場所としてこのプロジェクトを認識しデザイナーとして就任する。
2006年1月 東京浅草に「東京ローカルバザール」開店。
迅速堀起成为世界知名的T恤品牌Tokyo Local Bazaar,设计师兼创办人日出夜利用他对染织设计的知识 ,将传统的印染技巧运用于现代的设计上,打造出一系列色彩夺目,抢眼独特的T恤。Tokyo Local Bazaar的专门店设在东京的游客区浅草,更为产品添上日本独有的下町气息。
絵師/デザイナー
東京在住
1993年 多摩美術大学美術学部デザイン学科染織デザイン科入学。在学中に染色技法(友禅染、ろうけつ染、型染、しぼり染)、スクリーンプリント技法(染料、顔料、特殊プリント)を専門に学ぶ。
1997年 学部卒業後、同大学染織デザイン研究室(改組にて生産デザイン学科テキスタイルデザイン研究室となる)に入室。7年間に渡り教育現場とテキスタイルに携わりながら、「染色する」という工程から生まれる素材感や色彩効果を中心に自らの表現を模索する。
2004年 大学研究室を退職し次なる活動の場を探しつつ自由きままな生活をはじめる。財力も尽き果て明日をどう生きるか?くらいの窮地の中、絵画を日々の糧のために描く機会にめぐまれ、人とのつながりの大切さを思い知る。その時、絵画を描く中で純粋に美しい色と形が描き出す世界の奥深さと安堵感を再認識する。
2005年 東京ローカルバザールのプロジェクトに出会い、プロジェクトの意図することに深く共感と意義を覚える。「布」「染色」「絵」「人とのつながり」という自らの創作の複数のテーマを一つに現せる場所としてこのプロジェクトを認識しデザイナーとして就任する。
2006年1月 東京浅草に「東京ローカルバザール」開店。
迅速堀起成为世界知名的T恤品牌Tokyo Local Bazaar,设计师兼创办人日出夜利用他对染织设计的知识 ,将传统的印染技巧运用于现代的设计上,打造出一系列色彩夺目,抢眼独特的T恤。Tokyo Local Bazaar的专门店设在东京的游客区浅草,更为产品添上日本独有的下町气息。
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