070405
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続いて訪れましたのは、平等院鳳凰堂です。
こちらは修学旅行でもコースに入っていなかったのか、記憶すらなくしてしまったのかは定かでないのですが、「初めて来た」感覚を受けました。
鳳凰堂は時の流れを感じさせるたたずまいで、外装はとても古びた印象でした。周囲に植えられた木々の枝振りの見事さは圧巻で、当時よりきっと大きく立派に育っているのだと思うと、建物の老朽化との反比例が面白く感じました。
敷地内にある平等院ミュージアム鳳翔館で、鳳凰堂のかつての姿を再現したCG映像が上映されていました。その姿は現在からは想像もつかないくらいきらびやかで極彩色に彩られたものでした。(掲載の画像はその映像を見て、当時の雰囲気が少し出せたらと思い色調加工しています。)
その他、阿弥陀如来像の「光背二重円部相部」「天蓋」など平成大修理(100年に一度行われているようです)のため、眼前で見ることが出来ました。ものすごい装飾です。圧巻というか唖然というか、現代を生きる僕にとっては計り知れない、当時の人々の神仏への思いがそこにあるのだと感じました。
展示物の中に「雲中供養菩薩像」と呼ばれるやや小振りな(50cm四方くらい)の仏像が数多くありました。この仏像群は阿弥陀如来像が安置されている母屋の壁面にあるものということです。壁面に所狭しと浮かぶように並ぶその精巧で美しい彫刻は見ていて飽きることがありません。雲に乗り楽器を手にした優雅なそのお姿はまさに「美しい」ものでした。
平等院をあとにし、次の目的地へ向かう道中、「ほうじ茶ソフトクリーム」を食べました。一人で旅をしているとその土地の素敵なお店とかで食事をするのに抵抗を感じてしまい、食事はファーストフードですませてしまうことが多いのです。このソフトクリームは「宇治茶」と関係あるのかないのかしらないですけど、宇治茶を扱うお店が軒を連ねていたので、ささやかな記念にと。
其の三へつづく
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旅をして参りましたのは、京都です。
2〜3年に一度くらい京都へ足を運びざるを得ない(京都は好きな所なのでいつでも行きたいのですが、先立つものが乏しいもので…)時がやってきます。
今回も、どうしても行かなくてはならなかったのです。
日帰り旅行でもよかったのですが、貧乏性のおかげで二泊してしまい、京都を満喫することが出来ました。
まず最初に訪れたのは「清水寺」です。中学か高校の修学旅行で訪れたことがあったのですが、その頃は、「ああ、話しに聞いていた通りだな。絵はがきの景色はここだな。」と、なんとも感受性に乏しい思い出しかなかったように思います。
自発的に足を運んだのは今回が初めてになるのですが、思わず嗚咽を漏らし涙を流しそうになってしまいました。
何にそれほど感銘を受けたのでしょう?
現代と過去とのギャップとでもいうのでしょうか、濃い緑に囲まれた清水の舞台から見下ろす街並は京都タワーのそびえ立つグレーの世界でした。文明の発展が悪いものだとは思っていない僕ですが、現代はバランスが崩れすぎていると感じています。そんな日々の思いをこの場所が明確にしてくれたのだと思います。
この山の緑とすばらしい建造物がいつまでもここにありつづけて欲しいと強く感じました。もちろん、その下に広がるグレーの世界も一番良いバランスを早くみつけてありつづけて欲しいと。
其の二へつづく
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プロフィール
HN:
日出夜
年齢:
55
HP:
性別:
男性
誕生日:
1971/05/09
職業:
絵師
趣味:
園芸 石集め
自己紹介:
東京ローカルバザール
絵師/デザイナー
東京在住
1993年 多摩美術大学美術学部デザイン学科染織デザイン科入学。在学中に染色技法(友禅染、ろうけつ染、型染、しぼり染)、スクリーンプリント技法(染料、顔料、特殊プリント)を専門に学ぶ。
1997年 学部卒業後、同大学染織デザイン研究室(改組にて生産デザイン学科テキスタイルデザイン研究室となる)に入室。7年間に渡り教育現場とテキスタイルに携わりながら、「染色する」という工程から生まれる素材感や色彩効果を中心に自らの表現を模索する。
2004年 大学研究室を退職し次なる活動の場を探しつつ自由きままな生活をはじめる。財力も尽き果て明日をどう生きるか?くらいの窮地の中、絵画を日々の糧のために描く機会にめぐまれ、人とのつながりの大切さを思い知る。その時、絵画を描く中で純粋に美しい色と形が描き出す世界の奥深さと安堵感を再認識する。
2005年 東京ローカルバザールのプロジェクトに出会い、プロジェクトの意図することに深く共感と意義を覚える。「布」「染色」「絵」「人とのつながり」という自らの創作の複数のテーマを一つに現せる場所としてこのプロジェクトを認識しデザイナーとして就任する。
2006年1月 東京浅草に「東京ローカルバザール」開店。
迅速堀起成为世界知名的T恤品牌Tokyo Local Bazaar,设计师兼创办人日出夜利用他对染织设计的知识 ,将传统的印染技巧运用于现代的设计上,打造出一系列色彩夺目,抢眼独特的T恤。Tokyo Local Bazaar的专门店设在东京的游客区浅草,更为产品添上日本独有的下町气息。
絵師/デザイナー
東京在住
1993年 多摩美術大学美術学部デザイン学科染織デザイン科入学。在学中に染色技法(友禅染、ろうけつ染、型染、しぼり染)、スクリーンプリント技法(染料、顔料、特殊プリント)を専門に学ぶ。
1997年 学部卒業後、同大学染織デザイン研究室(改組にて生産デザイン学科テキスタイルデザイン研究室となる)に入室。7年間に渡り教育現場とテキスタイルに携わりながら、「染色する」という工程から生まれる素材感や色彩効果を中心に自らの表現を模索する。
2004年 大学研究室を退職し次なる活動の場を探しつつ自由きままな生活をはじめる。財力も尽き果て明日をどう生きるか?くらいの窮地の中、絵画を日々の糧のために描く機会にめぐまれ、人とのつながりの大切さを思い知る。その時、絵画を描く中で純粋に美しい色と形が描き出す世界の奥深さと安堵感を再認識する。
2005年 東京ローカルバザールのプロジェクトに出会い、プロジェクトの意図することに深く共感と意義を覚える。「布」「染色」「絵」「人とのつながり」という自らの創作の複数のテーマを一つに現せる場所としてこのプロジェクトを認識しデザイナーとして就任する。
2006年1月 東京浅草に「東京ローカルバザール」開店。
迅速堀起成为世界知名的T恤品牌Tokyo Local Bazaar,设计师兼创办人日出夜利用他对染织设计的知识 ,将传统的印染技巧运用于现代的设计上,打造出一系列色彩夺目,抢眼独特的T恤。Tokyo Local Bazaar的专门店设在东京的游客区浅草,更为产品添上日本独有的下町气息。
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